Quality of Life - 前立腺を手術した

「入院から 手術、術後までの記録」今は全快!

第七章・術後6日 雲ひとつない快晴 ‼️|4/14 (火)

術後6日目の朝は雲ひとつない快晴です ‼️

4/14 (火) 退院予定日15日の一日前です。

管を尿道から抜いて、TV画面で透視画像を見ながら、縫合部分の確認です。

9:45の予定時間が早まり、急きょ9時にとなりました。
夜勤の時に言葉を交わしていたあの看護師さんが電話端末を持って、
歩いて来て、廊下で直接教えてくれました。(その後トイレなどで用足し)

管が抜けました
画像を見せてもらいながら医師から説明を受けました。
縫合場所正面画像も斜めの画像も、造影剤で漏れがないことが見て取れます。
なので予定通り明日は退院(!)となります。この後、尿トレーニンが必要。

引続いて直ぐにCT検査も、私を待っていてすぐに検査室へ入室して、まずは
造影剤なしで撮像。その後、右腕に針を刺して造影剤を注入する。体が
喉から胸へと熱くなるのが自覚できます。そして二度目の撮像が無事完了。
アレルギーとかもなく、造影剤は大丈夫です。(これが2回目で、初回は
前のかかりつけの総合病院で受けていました。機械は別のメーカー製でした)

◎両方が9時半には終わり、尿漏れパッド(当初は漏れるらしい)を
5枚買います。尿バッグを止めていたキャスター付きの点滴棒を看護師に
返却しました。これで晴れて、体はFreeです。自由の身に!

f:id:andy-e49er:20200418055317j:image

☝️こんなものです。縦長の長方形。

 

f:id:andy-e49er:20200414100021j:image

天気快晴です。心も晴れ晴れじゃ~、(o^^o)
まだ、終わりではないけれど、今日と明日しっかりと養生します。ありがたや。

窓の外が見えることが、これほど精神衛生上よいのかとすごく実感しました。
特に今日は快晴。文字通り雲ひとつ無い。

💮そして5時半に、手術の執刀医チーム;科長のI教授を含め4名がいらして、
現在の体調について会話。明日の退院予定についてもお話し。
トイレ3回目に行こうと部屋を出ると、ちょうど看護師のKさんが歩いて来て
立ち話。彼女は術後の夜勤の時担当してくれて、そして今日の最終検査の連絡も
取ってくれた。明日は夜勤となり会えないが、最後にお礼を言えたのは良かった。

夜勤の日は定時より早く出勤して、帰れる時間を数時間過ぎても
「終わらない」
と帰らなかった彼女
夜勤明け次の昼担当の時に会話すると;

「あの夜勤の後は帰ってちゃんとぐっすり寝たの?」
「結局帰ってから遊んじゃいました」
「さすが若いねぇ」
「2時間くらいは寝ましたけどね(笑)」


 その後地下のコンビニで、CT造影剤を流し切るための 2,000ml まで水分を
飲むため、あと2本ペットボトルのお茶と水を買って戻ってきました。
外は4月の6時前で陽が沈む少し前の夕景。

「なんて贅沢な、安全な時間なんだろう」

この病院に来て本当に良かった。

 

◉テレビ撮像検査、造影剤を入れての撮影とそのチェック、そして管の抜去、
続いて胸部CT検査でも造影剤を投与。待望の管が体の下腹部から抜かれ、
晴れて僕は僕と言う一個の個体の人類の姿に戻る。少し腹は出ているけど(笑)

排便、排尿、人間の営みをもとに戻す作業。

3時過ぎに検温で、37.6℃と高く出た。たぶん造影剤の影響かも知れない。
明日は退院だ。

少し体を休めよう。

👇写真は14(火)夜7時のNHKニュース👇

f:id:andy-e49er:20200414190524j:image

◉つい今し方、看護師のペアがやって来て、検温・血圧測定と傷口の目視をされた。

2人目の子はおそらく入院(入職)仕立ての若い人だと思う。
何回か先輩ナースに付き従って来ているから彼女の顔も覚えた。

 先輩ナースが私のお腹の6箇所の傷口を示して解説。私も知ったかぶりで「ダビンチ手術」につきコメント。若手ナースくんはたいへんに感心した風で聴き入っていた。

 ここは大学の医学部附属の大病院。設備は整い、施設は大きく立派で綺麗だ。医師や医療従事者はおそらく3桁人数はいるだろう。

 そこで私の術例は間違いなく「成功例・模範例」として患者を匿名にして、今後医学部や看護師たちに実例として写真などで示されると思う。

💮「現地・現物・現場」で生の患者の声を聞けた彼女はこれから沢山の現地現物現場経験を積むことで年々成長して行く。患者を優しく支援できる素晴らしいナースの熟達者になって欲しい。きっといつか、そうなってくれた時に、彼女は今日のことを思い返すかも知れない。

そのときに僕の社会貢献の役割は、十二分に果たせたことになるのかなと思う。

そうして、この一連の入院から手術までの顛末記が次の人へのみちしるべ的な参考情報になることがあれば僕はとてもうれしい。