- Quality of Life - 前立腺 ダヴィンチ手術の顛末記

「入院からダヴィンチ手術、術後までの記録」全快御礼!

【番外編】括約筋の活躍!(フォローアップ記録)

【番外編】です! ダヴィンチ手術その後のフォローアップ記録です。
題して、括約筋の活躍! 尿道括約筋さまさま  排尿状態✍️改善の記録です。
◉2022/2/1 (火) 前の晩、風呂前の10時頃トイレに行き、12時くらいに寝て、就寝中 6:45 まで "トイレ無し" で行けました。(9時間程度は新記録

 これは実際、結構珍しい。術後、排尿には何ら問題なく調子は極めてよいのだが、利尿作用のある飲料(珈琲など)を呑むと特に午前中はトイレが近い!ということがある。十中八九ダヴィンチ手術とはこれ無関係であって、おそらく腎臓や膀胱の機能問題ではないかと本人推測している。であり、就寝時も(手術前から今でも)寒い冬の時期はトイレに起きる回数が多い。例えば夏なら1~2回なのが真冬だと回数は2倍以上とかになる感じなのだ。だから「9時間程度もトイレに行きたくならないという感覚はエライ」のだ。大記録と言ってよい…(笑) ・・; 尿道括約筋さまさま、なのである。

(引用)筋肉や神経の衰え尿道括約筋は、排尿時にゆるみ、排尿後は膀胱から尿道への尿の流入を防ぐため固く閉じられた状態となります。しかし、加齢に伴って尿道括約筋の筋力が落ちたり、これらの筋肉の運動を司る神経の働きが低下したりすると尿道に尿が流出しやすくなり、尿漏れを引き起こすことがあります。

 だいぶん日も長くなって来たが、まだ夜は 0 ℃程度に下がることもある真冬である。
手術を行ったのが約2年前の(コレ忘れもしない!コロナ禍で緊急事態宣言が初めて発令になった)2020年4月8日だから、術後1年10ケ月(22か月)で、ここまで来たということ。
覚えているが、これは手術前・問診時に執刀医の先生から言われていた通り。年齢的に60歳前半と「若い」ので、回復が速く、術後の尿漏れが収まるのも早いはず、ということを自ら体感・実感している、と書いておく。むろんこれは尿の出をコントロールする
尿道括約筋の働きのおかげなのである。(なお、それまでにたまに7時間程度は数回あった。)
詳しくは以下のネット記事が分かりやすいのでリンクを掲げておきます。

【参考情報】尿の貯蔵と排泄: 身体を通る尿の通り道

www.visiblebody.com

 

(第11章・番外増刊号)その後…そして今

(2020年・令和二年)6月中旬、つまりコロナ禍での緊急事態宣言が
2020年令和2年の5月末に解除され約2週間して、書き溜めた原稿です。

「第九章までで、入院から手術が終わって退院するまでの経緯は終わりです。
その後の状況について下記にまとめておきます。」
として、第十章を書いた。
手術を受けたあの日から、いま、18ヶ月が経った。

👇写真は私のいた相部屋病室。窓際で眺めが良く気分的に大いに助かった。

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今日(7/11)土曜朝、先週の土曜日の血液検査(PSA値)に続いて尿検査
これら2つの検査の結果を聴くために、かかりつけの泌尿器科にやって来た。

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コロナ対策のためだろう、この期間は病院が8時受付開始としている。
それには先週の血液採取の訪問で気づいて、様子がわかった。

それで今朝は早々と7時半に家を出て8時と同時に受付を済ませた。
予約は(検査サンプルを提出し終わって)9時ちょうど。
たぶんこの日の診察予約の先頭だろう。

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☝️手術後、痛みを和らげるための鎮痛剤で、一定のスピードで薬液が体に入る医療器具。痛みが強い時は、左の部分の上にボタンがあり、それを押すことで薬液の量を増すことが出来る。

今、二階の採血室前の待合いスペースには8人いて、9人目が8:22にやって来た。
部屋はまだ開かないが看護師さんたちが準備中。10人目が来ると同時に、1人の看護師女性が「接触体温計」で待ち人たちを順に体温測定し始めている。

3人がけの椅子は、「三密」を避けるべく真ん中を座れないよう大きく表示したものを貼り付けてある。端に離れて2人が腰かける。そうこうしているうちに、追加で人が来て12人(うち1人は付き添い)になっている。

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採血室💉(私は今日は採尿のみ)の順番は2人目。診察予約が9時、尿検査結果が判明してからだから、8時半過ぎたら呼ばれ、コップをいただくことになろうか、と先を考える。私より前の男性が飲料水機械から水を飲んだので彼も同じだと、2人すぐに渡されるかと。

そうこうする間、8時半に出勤の人あり、検査技師かな。ドアが開く。そして1人目の後、やや数分してから呼ばれるのは、密を避けてのことか。
採尿を済ませて(手慣れた毎度のようにごく自然に)一つ上の階へ上がり、受付にファイルを出すと、バーコードを読み込ませて、「今日は7番の部屋で最初に呼びますから、その近くにお座り下さい」と受付の人。8:40  

その部屋はドアに丸椅子をつっかえ棒がわりに挟んで半開き状態に保っていた。私が後ろを向いている時に、D医師が部屋に入った。そして、もともとかかっていたH医師が私のところに来られて、座って5分くらいお話しする機会がありました。4月の手術とその後の経過の報告が出来ました(感謝)よかったです。

💮結果 : 今回血液検査の数値は「限りなく良好」であり尿の方も問題なし。手術してよかった。安堵です。次3ヶ月後に今回と同じ検査を行うこととなり、終了しました。

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(この原稿、ずっと書きためたままになっていた。2021年(令和三年)9月22日に見つけた。)

その後)

2021年6月、1年半前・初めての術後検診から18ヶ月の間に、2020年9月、12月、そしてコロナ禍の続く中、新年が明け(2021年は年初からずっと「在宅勤務」が続いている) 2021年の3月と5月。そして先だって東京2020東京オリンピックの期間を外した)8月中旬。合計6回3ヶ月検診を受けてきました。幸いかな、いずれも測定したPSA値は、限りなく Zero(0)に近い数値結果であったことを記録しておきます。

 手術を受けたときのこと。その後もときおり思い出す。あの大学病院の入院棟で暮らした8日間は、とっても貴重な体験だった。ときたまあの場所を通るとき、必ず病棟の建物と並んだ窓とを仰ぎ見る。
ありがたいな、よかったなという気持ちで懐かしく思い返す。
命の尊さ。医療に従事され、病気と闘ってくれるみなさんが存在していることのありがたみ。そして…病が治り、Quality of LIFE が明らかに改善した今、私は
感謝とお礼の気持ちでいっぱいである。

 

 

第十章・退院以降、正常復帰へ

前回の第九章までで、入院から手術が終わって退院するまでの経緯は終わりです。

その後の状況について下記にまとめておきます。順に書き足して行きました。

🔻 2020年4月15日が退院日。この時点で、#新型コロナ感染症 防止のための、緊急事態宣言が続いていました。そのような中で

  • 17日から在宅勤務(WFH)始めました。
  • 手術後の体調は万全で全く問題ありません
    が、一つ注意点があり、以下に書いておきます。
    その点、在宅勤務は術後の身には体の面で大いに助かります。ラッキーでした。

16日(木)出勤してシフト勤務に変えて時差で8時〜11時勤務。帰宅途中多摩川を見る。
この日は、4/6から10日ぶりにオフィスに出かけて、在宅勤務するためにノートPCなどを取りに行き、在宅勤務(WFH : Work From Home, テレワーク・リモートワーク)のための手続きを済ませました。

15日(水)退院までのTimeline

  • 9日〜14日術後の養生など。
  • 毎日3食の病院食で、体重1Kg減。(^^)
  • 8日(水)手術。午後に3時間(ダビンチ手術)。
  • 7日(火)入院。👉同日8日午前0時 緊急事態宣言

🌸4月初旬、通常出勤・勤務で昼休みは近所の六本木一丁目アークヒルズエリアからスペイン坂を散歩、花見と撮影散歩を楽しみました。

手術前には、万が一新型コロナに感染してしまったら、入院が取り消しになるので、そうなると次に、いつ入院と手術ができるか全く不透明でした。そのため周囲には分からぬよう、密かにコンディションに最新の注意を払っていました。びくびくです。

手術に至るまでの逆算メモ:

  • 3月24日手術前の麻酔医説明、執刀医術式説明。
  • 2月転院確定、更に検査など…4月手術確定。
  • 1月人間ドック、生検。2020年(令和2年)

🔻4/17 (金) 在宅勤務初日の夜、就寝時👇

「低気圧が来ると古傷が痛む」ということを人から聞く。
雨が降り出す前に、僕も本当にこの新傷が痛くなった。
術後9日目の新しい傷跡はまだ瘡蓋(かさぶた)状態だけど痛むんだ。これが消えて無くなるのか、この後もずっと付き合うことになるのか、まだ分からない。Quality of LIFE 改善の代償は払ってる。‬

🔻術後10日目の18日(土)
夜中にはたぶん三、四回トイレに立った。
立ち上がる際に閉めているつもりでも一瞬緩むと「滲む」感覚。
ほぼコントロールできているつもりだが、まだ改善の余地は大きい。

🤠4/18(土)Twitterにも投稿したもの:少し書き足して記録 👇

計画入院・手術成功裡に完了〜帰宅、
職場復帰在宅勤務開始を友人知人へグループ別連絡done.
職場へは16,17で退院報告をメール連絡、個人連絡ではfacebook投稿も活用。
交流範囲広く複数グループあり、反応さまざま。
メッセージ有り難く。いただく言葉がうれしい😊
忘れずに医療従事者の安全を祈願
#StayHome  #StayHomeSaveLives

🔻4/20(月):

入院から13日、退院して5日目:4/20(月) の時点。
体温は毎回36度台で安定。血圧も昨日夕食後に測ったら
上は112、下は66で極めて良好、正常値でした。
一つ気になったと言うか、意外だったのは、体重。退院直後に37Kgを切っていたが、昨夜は36Kg、一昨日の夜は35.6Kgと出て少し驚いた。良いことではあるが切除部分の重さは1Kg程度もあるのだろうか。そして…

肝心の排尿について現状は以下の通りです。 👇

術後11日目(日)〜12日目(月) :課題の浮き彫り

日曜に天気晴れの中、2時間くらい多摩川方面と二子新地を自由散歩。
歩いていると括約筋を閉め続けられないためか、微量ながら割と数回にわたり、
ごく軽いが 尿漏れが起きること;これが新たな発見です。

その晩は、運動の成果で割と深く眠れました。
早めの時間にシャワーを浴び、10時前に就寝。
睡眠中は、11:30頃の後、2時、4時、6時、と合計4回、
目が覚めたときに必ずトイレに立つ。
毎回括約筋を意識して、下半身への振動などの動きを慎重に行い、
一度も尿漏れはなく。トイレで排尿が正常にできることを確認。
毎回、量はさほど多くなく、100ccくらいと思う。
最初2回くらいの後は、横になると腹筋もしくは傷口付近が痛む感覚を覚えた。
右を下にしている時。しかし朝6時の時は痛まない。今は左を下にして寝ている。

退院15日の午後には職場に電話を3本かけて会話。
声がかすれてうまく出ない感覚を、自身が話す(声を出す)と感じ、
毎回相手にそう言うと、相手はいつもの声と変わらない、と言う。
術後の喉の痛みは無くなっていたが、声を長く出して発生して話すことが
久しぶりのための、体の一種の違和感だったか。やや不思議な感覚。
声帯よりも、肺が軽く声の発生で振動することを感じていた。

◉職場へ電話報告と相談の結果、翌日16日、朝から出勤することにした。
そしてその日は「時差勤務」8時~11時とした。ノートPCの持出し申請、
在宅勤務申請のやり方、そして割り当てられた相談2件を電話回答して、
帰宅。… 翌17日(金)から、在宅勤務 9時〜5時 を開始しました。

長時間の座りっぱなしは、肛門や尻のところの内臓側に違和感を感じる。
これは医師からも注意点として事前に言われており、余計に気になります。

2020/4/23 👉退院後、初の診察日を迎えて。
23日(木) で I教授先生の当番日である。晴天
ここまでの状態は、排便・排尿ともごくごく順調であること。

・前者は催す時の感覚に従来の手術前からは変化あり。
下腹部の痛みがより感じられること。ガスの出が前にも増してより頻繁であること。

・後者は1時間程度のインターバルでよく出る。場合により2時間の間隔を開けても
大丈夫。間隔を開けると溜まっていた量が勢いよく出るので、これは術前・従来と格段の違い。よって出す事での肉体的・精神的ストレスがなくなった。有難い。
その事で、安心。

ただし、場合により頻繁にトイレに立つこともあるが、
これはおいおい改善されるのではないかと思える。

就寝中の排尿後、また横になる場合は腹の傷口もしくは
腹筋辺りが痛むこと、などである。

さて9:22、9時半の予約なので、そろそろ呼ばれるだろう。
👉遅れ気味。10:00現在、前の前の診察中。
まぁ私の場合ほぼ完了が見えているから、
遅れても問題なく余裕で待ちましょう。

🔻

facebook / Twitter ; 👇

‪さて、花の写真でもみて和もう。‬

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‪#家にいよう #家にいましょう

現在(2020/4/23)、術後初診察予定日で。病院内待ち合い中。
この病院は、📟pager呼び出し方式。‬泌尿器科受付からは少し離れた場所、3人がけ椅子に1人で座ってます。静かです。午後は家に戻ってテレワーク。元気にしてます(^^)‬

🔺

(追伸)1週間後には激しい運動もOKと先生から言われ、手術結果を具体的にX線写真を使い教えてもらいました。現在体調もすこぶる良くて、安堵安心しています。

🔻2020/4/30 (木) 👉術後、22日目

お通じが無い日(月)があり(火)に2日分の排泄。
(水)日中、1万歩超歩いたところ今朝(木)は朝お通じがあった。
歩くこと=足腰の動作が大腸に作用するらしい。

かなりの距離と時間を歩くと、尿漏れが起きることと、
それを意識的に留めることが出来ないこと。
家で座る時間が長い場合、これは起きない。徒歩との関係がありそう。

傷口はまだ瘡蓋(かさぶた)のまま、それが取れてはこないが、
端っこは剥がれつつある。
・腹部の痛みは傷口より、直腸や排便前の感覚が顕著であること。
これはダビンチ手術前から、体に変化がある点です。

🔻2020/5/8 (金) 👉術後、31日目。1ヵ月が経ちました。

今日、在宅勤務後 5時から、1時間ほど散歩しました。
昨日までとは異なり、今日は歩いても尿漏れはほとんどありませんでした。
手術からほぼ1ヵ月が経ち安定しています。
傷口はかさぶたが取れて傷跡がむしろはっきり見えてきています。
右側2カ所、左側2カ所、真ん中はへそのすぐ上が1カ所、ここは
6センチ位の長さ。その斜め右側上に体液を抜いていた穴があります。
全部で六箇所の傷跡があります。

(恥ずかしながら)
今日から、ブリーフの下に付けていた尿漏れパッドをなくすことにしてみます。

 

🔻2020/6/13 (土) 👉術後、丸2ヵ月が過ぎました。

記録を付けるのを2週間くらいさぼりました。思い出しながら書きます。

WFH( Work from Home ) 期間中の5時過ぎ、散歩時につけていた
「尿漏れパッド」(大きさは2種類を使用)は、
術後2ヶ月満期を待たずに、不要となりました。

記憶では、

5月末で新型コロナ感染防止のための緊急事態宣言が全国で解除となり、その結果、職場の在宅勤務が終わりました。これで6月頭から都心まで電車通勤約40分、2路線乗継を再開しました。最初の2日はブリーフの下に小型の尿漏れパッドを装着して出勤。3日目からなくしました。2日間とも尿漏れはなし。

◎注意していることとしては「くしゃみ」あるいは突然の「咳」です。
横隔膜が大きく動いて下腹に力が入るのか、あるいは括約筋へ大きな振動が伝わり緩むせいなのか、詳しくは分かりませんが瞬間にほんのすこし「ちびる」感覚です。小さな子どものころそういうことがあったかもしれませんがもう覚えていない。
とにかく、下腹に振動が瞬間に加わるときだけ要注意です。
それでもわずかに漏れる(たぶん「滲み」「染み」ができる)程度ですので、実際には支障はありません。気分的なものとブリーフが局所的に冷たい点。まァ我慢できます。

あと特筆すべきは、「排便」です。
前立腺と言う体の中の臓器の「かたまり」がなくなり、
明らかに直腸・肛門付近が変わった感覚があります。
それで排便時に息む(ふんばる)と同時に尿も出ます。(※)

これはコントロールできていません。しかしきちんと出るので、その点は心配ご無用であり、問題は感じていません。丸2ヶ月を過ぎた現在は、毎朝定期的にお通じがあります。というのは、退院後の当初は2日に1回のみの時がかなり多かったことがあります。1日おきにまとめて出る形がたぶん2週間以上続いていました。その後、毎朝出る形に「復帰」して今では何ら問題はない感覚になっています。
上述の(※)…これは現時点でも同じです。特に気にはなりません。

1年後2021年令和3年の4月17日(土)

今は、完全に健康体になり、何の後遺症も残っていません。

夜・就寝時:冬の時期は寒いせいもあってなのか、手術前とほぼ同じで2~3時間おきにトイレに立ちました。春先になり気温があがると、今は4時間から6時間まで継続でまま寝ていられることがあるようになっています。
ただし日中は体を動かすせいなのか、今日(2021/4/17)定期検査に出かけ、CT検査のため、予め水を多めに飲んでいたら1時間程度でトイレ。そしてその後また15分後にもトイレ、という感じ。
出勤しての執務中:AMは1時間毎にトイレ、昼食後、午後は2~3時間おきへと伸びる、ということが、2020年秋以降ほぼ常態化していました。

 

 

 

 

第九章・退院して街へ👉日常生活への復帰|4/15 (水)

第九章・退院して街へ👉日常生活への復帰

 朝のこの時間。東北に向かうこの部屋の窓に、外のビル群に朝の陽光が当たって反射し、柔らかな光がカーテンを音もなく緩やかに照らしています。カーテンを開けていないうちから、外光が淡い緑の布地を、黄色にかえていました。

写真は緑色系に見えていますが、肉眼に映る実際の色はもっと黄色に近いです。👇

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暖かなその薄い黄色は生命の色です。息吹を感じる。

あぁ、今日もいいお天気だ…)^o^(

退院して街へ👉日常生活への復帰|4/15 (水)

朝のこの街が躍動し始めています。その情景の中を東急電鉄の2つの路線の電車が動きます。生きている街の呼吸を己の身体の一部のように確認することができます。退院した翌朝、あれは実に稀有な場所での、特別な生活感の中で感じるとても清々しい気持ちでした。そう、いま思い返しています。

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・前もって聞いていた退院の時間通りに10時頃に看護師の1人がやってきて、
会計が済んだことの連絡と、次回診察の予約表を受領しました。
(1週間後に次の診察です。)

それを合図に、用意した外出着に着替え、荷物を纏め直し、談話室待機の妻と合流。
ナースステーションにお礼をして辞去しました。

・一階会計。自動機の番号札をとり、少しの間待機して呼ばれ、窓口で会計金額と自動機への入金方法説明を受けます。まず部屋の後方にある自動機で、もらった精算書のバーコード読み取りの上、クレカにより会計精算してから窓口に戻り、預け金の返却を
受けるのです。最後に右手首の本人確認用のバーコード付きタグに挟みを入れて、患者としてのステータスが正式に終了です。

ついに外に一歩を踏み出しました。
幸いにも晴天です。陽も高く暖かな春の一日でした。
新型コロナウィルスの緊急事態宣言が入院日の未明に発動されてからちょうど1週間。地元の街の通りに普段とさほど変わらない人が日用品の買い物に出ている風景を目の当たりにします。

・普通に歩けますが、持参した重ためのバッグを一気に持ち上げたり、体の動きとして急に腹筋に力が入ると、傷口もしくは腹筋自体が痛みますので、最初のうちはソロリソロリ行動です。

・帰宅は楽チンなことに徒歩のみ。

普通に歩けて何も問題はありません。
ただ一つ、座位から立居へ態勢を切り替える時が要注意。特に背もたれに浅く
座ってから立ち上がる時は、尿漏れに1番注意がいります。
だから立ち上がるときは、まず両手をテーブルなど前に付いて、
次に重心を前方に移動してから、ゆっくりと起き上がり立つコツが必要です。
これはすぐ掴めますので何も問題ありません。

・その後、行動様式に気を付けながら普段通りの生活が可能。
退院時の尿漏れパッドは昨夜からの4枚目で足りることとなり、いけた。
帰宅後、最後の5枚目に替え、夜はシャワーを普通に浴びることができます。

・10時台就寝し、12時台、2時台、4時台、起床の5:50 と、
睡眠時には3度トイレに行きました。これは催してからと言うより、
目が覚めたとき、体に相談して行きたく感じがなくてもトイレへ行く。
すると排出される。たぶん100ml前後…と言うのが実態です。排出時にごく軽いなにやら痛みではない感覚(言葉では書けない不明のもの)を覚える以外、痛みは全くありません。つまり安心して排尿出来ました。心配することは無く、ゆっくり眠れました。
何よりも、就寝後の午前0時半に初回の際には、今までにない、スムーズな出具合で「おおっ!やったっ!」と感激 を覚えました。

手術をして本当に良かったと心から感じる事が出来て満足感に浸りました。うれしい。

◉以上で、私の入院から手術が終わり、退院するまでの顛末のお話は終わります。
次の回で全体をまとめておきます。

退院後に、みなさんからいただく言葉がうれしい😊
忘れずに医療従事者の安全を祈願
#StayHome  #StayHomeSaveLives

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第八章・術後7日目・入院8日目|4/15 (水)

一年前2020年、新型コロナの緊急事態宣言の真っ最中に、予定入院の上で、ダビンチ手術を受けたときの記録を毎日配信しています。▼

第八章・術後7日目・入院8日目|4/15 (水)
いたす、か、いたさないか、それが問題だ

先週7日(火)から数えて、術後7日目・入院8日目となりました。
朝のシルエットが新鮮です。

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 昨夜は排尿のために何度も起きました。

実際の感覚は、頭の認知と体の感覚で催してから起きて「いたす」のではありません。そうではなくて目が覚めて意識が戻るたびに 頭から体に伝令を早馬で出す のです。

「漏れてはイカン!」
そうしてから、「漏れぬよう括約筋に神経を投下して、それを確認しつつ、まず態勢を変えて漏れぬようにベッドに腰掛ける。(そこから真っ直ぐに立ち上がるけどその時踏ん張ると漏れることが分かったので)静かに立ち上がれるだけの必須筋肉(だけ)を頭脳プレーを駆使して使い、そろりソロリと静かに立ち上がる」のですな。
そして、
(いきなり動き出すとまた漏れるので)
方向転換と歩き出しは、おずおず・いそいそ 
とおとなしく致しまする…笑笑。スローモー。


 遡って、昨日の話をしましょうね。

 朝から、TV撮像装置を使っての腹部投影した膀胱と尿管の縫合の検査確認の後、
排尿機能の実際確認と撮像結果の実地その場説明など。

その後、直ちにCTへ行くと待ち受けていてすぐに撮影、そして右手に針を入れて
造影剤を体に注入しての撮影までが、9時から9時半までに完了しました。
これで、術後、体に入っていた全ての管や線が外されました。自由の身。


 朝、6時半に看護師が来て目が覚めると同時に「やばい」とトイレへ向かいます。
なんだかんだ(…お腹の複数傷口の瘡蓋かさぶたを爪で引っ掛けないように紙おむつをゆっくりと引き下げてから、尿漏れパッドも外して、これらをパジャマのズボンとともに下に引き下げ便器に腰掛けて『発射』…と言うより、あらっ出てる⁉️って感じ~で、たらたら垂れ始める…)の行為を一連で行います。(今考えると情けないが)
それと手洗い、手拭きも含めると、なんとまぁワンラウンド10分コースですね。

ともかく出るのはとてもうれしくてホッとするが、まだまだ以前のような普通な感じではありません。垂れている、出ちゃってるって言う感覚。自分で堰き止めていたのを思い切りディスチャージした!と言う感覚では全くありません。下手すると着衣を下げている最中に気を抜いて筋肉が緩むと、出始めてしまうのですから。ポンピングも出来ているような違うような、括約筋の動きがまだ覚束ないことが実際に自分で認識ができるんですね。これはなかなかの発見でした。(一年後の今思うとちょっと恥ずかしい)

 さて、トイレから戻り、看護師さんも戻ってきて毎朝起床時の測定ルーティーンです。今朝は幸いなことに血圧は低め正常。上が110台で下が70台と良好で安堵しました。体温は36.5℃と下がっています。昨日午後に一度37.6℃と言う入院期間の最高温度を記録していたので、実はおやっ?と気にしていました。朝の時点では自分で体の熱さ加減が分かり、熱は無いと思っていたので、結果を見てホッと安堵しました。
トイレ昨日の管抜き以降の通算で、6:30 時点で15回(!)。
15日になってからは5回。尿漏れ少しずつ解消出来そう。

…ということで今回の第八章は内容的に恥ずかしい想いもあるのですが…。
一年前の今日(当時)自分で書いた下書きのまま、変えずに掲載する内容です。
今すぐでなくてもいつかこの手術~回復の一連の記録が後進の方のお役にたてれば、幸いです。
そして
看護師の皆さん、毎日夜遅くまで、夜中もお世話をして下さって、
心から、「どうもありがとう。」

 

 

 

第七章・術後6日 雲ひとつない快晴 ‼️|4/14 (火)

術後6日目の朝は雲ひとつない快晴です ‼️

4/14 (火) 退院予定日15日の一日前です。

管を尿道から抜いて、TV画面で透視画像を見ながら、縫合部分の確認です。

9:45の予定時間が早まり、急きょ9時にとなりました。
夜勤の時に言葉を交わしていたあの看護師さんが電話端末を持って、
歩いて来て、廊下で直接教えてくれました。(その後トイレなどで用足し)

管が抜けました
画像を見せてもらいながら医師から説明を受けました。
縫合場所正面画像も斜めの画像も、造影剤で漏れがないことが見て取れます。
なので予定通り明日は退院(!)となります。この後、尿トレーニンが必要。

引続いて直ぐにCT検査も、私を待っていてすぐに検査室へ入室して、まずは
造影剤なしで撮像。その後、右腕に針を刺して造影剤を注入する。体が
喉から胸へと熱くなるのが自覚できます。そして二度目の撮像が無事完了。
アレルギーとかもなく、造影剤は大丈夫です。(これが2回目で、初回は
前のかかりつけの総合病院で受けていました。機械は別のメーカー製でした)

◎両方が9時半には終わり、尿漏れパッド(当初は漏れるらしい)を
5枚買います。尿バッグを止めていたキャスター付きの点滴棒を看護師に
返却しました。これで晴れて、体はFreeです。自由の身に!

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☝️こんなものです。縦長の長方形。

 

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天気快晴です。心も晴れ晴れじゃ~、(o^^o)
まだ、終わりではないけれど、今日と明日しっかりと養生します。ありがたや。

窓の外が見えることが、これほど精神衛生上よいのかとすごく実感しました。
特に今日は快晴。文字通り雲ひとつ無い。

💮そして5時半に、手術の執刀医チーム;科長のI教授を含め4名がいらして、
現在の体調について会話。明日の退院予定についてもお話し。
トイレ3回目に行こうと部屋を出ると、ちょうど看護師のKさんが歩いて来て
立ち話。彼女は術後の夜勤の時担当してくれて、そして今日の最終検査の連絡も
取ってくれた。明日は夜勤となり会えないが、最後にお礼を言えたのは良かった。

夜勤の日は定時より早く出勤して、帰れる時間を数時間過ぎても
「終わらない」
と帰らなかった彼女
夜勤明け次の昼担当の時に会話すると;

「あの夜勤の後は帰ってちゃんとぐっすり寝たの?」
「結局帰ってから遊んじゃいました」
「さすが若いねぇ」
「2時間くらいは寝ましたけどね(笑)」


 その後地下のコンビニで、CT造影剤を流し切るための 2,000ml まで水分を
飲むため、あと2本ペットボトルのお茶と水を買って戻ってきました。
外は4月の6時前で陽が沈む少し前の夕景。

「なんて贅沢な、安全な時間なんだろう」

この病院に来て本当に良かった。

 

◉テレビ撮像検査、造影剤を入れての撮影とそのチェック、そして管の抜去、
続いて胸部CT検査でも造影剤を投与。待望の管が体の下腹部から抜かれ、
晴れて僕は僕と言う一個の個体の人類の姿に戻る。少し腹は出ているけど(笑)

排便、排尿、人間の営みをもとに戻す作業。

3時過ぎに検温で、37.6℃と高く出た。たぶん造影剤の影響かも知れない。
明日は退院だ。

少し体を休めよう。

👇写真は14(火)夜7時のNHKニュース👇

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◉つい今し方、看護師のペアがやって来て、検温・血圧測定と傷口の目視をされた。

2人目の子はおそらく入院(入職)仕立ての若い人だと思う。
何回か先輩ナースに付き従って来ているから彼女の顔も覚えた。

 先輩ナースが私のお腹の6箇所の傷口を示して解説。私も知ったかぶりで「ダビンチ手術」につきコメント。若手ナースくんはたいへんに感心した風で聴き入っていた。

 ここは大学の医学部附属の大病院。設備は整い、施設は大きく立派で綺麗だ。医師や医療従事者はおそらく3桁人数はいるだろう。

 そこで私の術例は間違いなく「成功例・模範例」として患者を匿名にして、今後医学部や看護師たちに実例として写真などで示されると思う。

💮「現地・現物・現場」で生の患者の声を聞けた彼女はこれから沢山の現地現物現場経験を積むことで年々成長して行く。患者を優しく支援できる素晴らしいナースの熟達者になって欲しい。きっといつか、そうなってくれた時に、彼女は今日のことを思い返すかも知れない。

そのときに僕の社会貢献の役割は、十二分に果たせたことになるのかなと思う。

そうして、この一連の入院から手術までの顛末記が次の人へのみちしるべ的な参考情報になることがあれば僕はとてもうれしい。

第六章・術後5日目は雨… |4/13 (月)

術後5日目は雨です…。 |4/13 (月) 続けます。
表題をK/Bで打った瞬間、窓を打つ雨音に思わず、
なぜかオフコースの🎵歌が。頭の中で鳴っています。

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今朝一番のツィートから転載しつつ、想う。

◉物事のやる/やらないって、やはりその人の内面にある意味づけ、動機付けが大切。介護・医療の分野であれば、他人のために何かをすることばかりだ。それ以外の一般的な普通の会社勤めの仕事でも、自分の分担のためにやっているつもりの事も実は会社の為なんだ。
だから心の持ち様で全ては変わる。それが身近で今朝の実感だった。誰かのために何かをすること。‬

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‪👉例えば、あれこれと雑事に忙しい中を、決められた量に達したのを確認して、特定の入院患者のお小水をビニールバッグから手で排出する。プラスチック製のビーカーみたいな水量目盛りの付く白い容器に移し替える。中身をこぼさぬようにゆっくりと歩き、捨てに行く、その一連の動作の大切さ‬。そのように、全ての病院、医療現場の看護師さん達の行動と行為、それらの動作は概ね「全ては人のために」ある。

👉ナイチンゲール博物館に去年1月ロンドン旅行で、最初に立ち寄った時のことが
頭に浮かんだ。彼女は人類最初の看護師かどうかまではよく知らないが、
「職業看護師」としては歴史上初めてと言われていたのだったろうか…。

(写真、後で挿入)

 先週(火)に入院して丸々1週間の月曜。術後5日目の朝を雨で迎えている ☔️ 

血圧はやや高めで体温は平熱よりやや低め。全身麻酔に必須の人工呼吸器の管を
喉に装着していたせいで、予め言われていた通り、声帯がかすれている。
喉の痛みはまだ取れず。それとは別の理由だけど、痰が喉の奥に絡んで、時にはムズムズなって、咳を一、二度思い切ってしないと、そのいがらっぽさは一向に解消されない。しかし咳をすると腹に響く。そして今朝は寝不足気味だ。

👇今朝の病院食

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 田舎で鶏小屋が近くにあったならばその鳴き声が派手に聞こえるかもしれない朝4時頃に、体がスースーと寒くて、しばらく耐えた後に結局起き上がる。
肌着のTシャツを追加。考えてみれば昨日の昼食前に4日抜いていたシャワーを全身に浴びたのだった。お腹の傷口複数を何枚ものガーゼと透明な薄い高級感ある柔らかなテープで、ぐるりと巻いてもらって。それで、シャワーで洗い流された体の汗と油が一気に抜けたのだろう。体が軽くて衣を一枚剥いだみたいにクリアーになった後、すぐに肌着を着ておくべきだった。着替えは十分にカバンにあるし。
こういう事は誰にでもある。

 持参してきた黒のアメリTumi 社製ビジネスバッグ。真四角の長方形型。上からジッパーで開ける箇所がメインと背面に2箇所。前面にジッパーが2箇所。ポケット型の中には仕切りが3つと、内ポケットに別ジッパーが付いている。素材は丈夫なバリスティックナイロン製。アメリカ西海岸のショッピングモールで買い求めた。アメリカで大手のモールには必ず1店舗以上はあるカバン専門店でたまたま見つけて気に入り、確か大枚$800を出して買ったものだ。

 あの頃は仕事柄、普通に期間的インターバルで海外渡航、それも殆どがアメリカだけど、業務出張が多かったから、これを買った。1週間程度の荷物の収納に不可欠なキャスター付きの黒いキャリーバッグの伸縮する持ち手に装着できる背面機能がある、いわば定番のこの手の鞄を僕は必要としていた。少し大きすぎるかなと思ったが、いま
こうして見るとぴったりだ。海外行きがゼロになった後も、今回のように活躍は間違いない。引退したビジネスパースンとしての個人的投資判断に見合う、十分な働きをもたらしてくれているこの鞄には満足感を覚える。分身だと思えなくもない。

 底面には鋲が5箇所に打たれているから、縦置きでずしっと安定する。厚みはたぶん16cmある。例えば、鞄としていくつも持っている中の、ひしゃげたダッフルバッグ
ならばジーンズに似合う。だけどこのトゥミはベッド脇に置いてジッパーを開き、
上から中の物を取るのに形が崩れず、しっかり物で使いやすい。存在感が強い。
手術で入退院するにはまるで仕事に出向くように見えてカムフラージュになる
ばかりでなく、頼もしい相棒として身の回りに控えていてくれる(笑)。

 靴下と持参したブリーフ型のおむつをより分けて、出てきたのは古典的なBVDブランドの白いコットンのTシャツだ。午前4時。暗い病室でベッド横に立ち上がり、病院備えの作務衣型甚平を脱ぎ捨てる。BVDを頭からかぶると少し体がキュッとなって心待ちが変わる。これでやっと落ち着いた。併せて手術の際に履いたふくらはぎ圧迫用の白いハイソックスを履くと、さらに体が引き締まる。

まるで寒い倉庫の片隅に打ち捨てられていた家無しの小動物が、急に小屋付きの正統派飼い犬に変貌したかの様な感じ。サッカー選手ってこういう足感覚なのだろうか。

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‪0 : 09 a.m. きた〜。耳栓だから、音もなく。ちょっと眠りきれずにスマホっ首していたところに、毎度ありがたや…👉意味不明 w. …いずれわかる時が来る‬